子どもの頃に見たアニメの映画のように、辺り一面に広がった花畑で寝転ぶのが夢だった。
いざその光景を目の当たりにすると体が動かなくなってしまったけれど、それもほんの一瞬。
今まで散々働いてきたんだから、神様もきっと許してくれるはずだ。自分がとっくに大人になってしまったのも忘れて地面に伏せると、なんだか不思議な匂いがした。
もうずっとこのままでいたい。そんな事を考えていると、背中に物凄い衝撃が走った。
「――いッッ!?」
あまりの痛さに伏せていた顔を上げると、暗闇の中に石造りの壁と廊下が続いていた。
「あれ、お花畑は……?」
あんなに咲いていた花も青空も、何も見当たらない。体の冷えを自覚して、思わず身震いした。
私、何をしてたっけ?
「すまない、これでも避けようとしたんだ」
上から降ってきた声と、未だに痛む背中を摩る手。ああそうだ、確かゼノに会いに行こうとしたんだ。
「ええとゼノ、今何時?」
「ちょうど3時を回ったところだ」
「成る程。どうりでおやつが食べたくなるわけだ」
「……夜中の3時と言ったんだが」
ゼノ先生、おやつはいつ食べても美味しいけど深夜に食べるとその数倍美味しいの。根拠は別にないけど。
それにしてもまさかこんな時間にゼノの部屋の前で倒れてしまうとは。
話を聞くと、物音に気付いて出てきた彼が歩くために足を上げたのと私が倒れ伏しているのに気付いたのがほぼ同時だったため、避けきれずそのまま背中を踏んでしまったらしい。
「まだ痛むかな」
「や、多分大丈夫……でもまさか時間の感覚まで分かんなくなってるとは」
夢中になって仕事をしていたとはいえ倒れてしまうなんて我ながら情けない。とにかく日が昇ってから出直そう。
腕に力を入れてなんとか体を起こすと、景色がぐるぐると回って見えた。箱の中に閉じ込められて、そのまま箱を回転させられているような感じだ。
「脳貧血、恐らくは睡眠不足から来るものだろう。スタンがいれば実にスムーズに事が運ぶんだが、」
ゼノはそう言うと、座り込んだまま動けない私の腕を持ち上げた。
「ごめん。取り敢えず立てればなんとかなる」
彼に支えてもらいながら立ち上がり、壁に手を付いた。このまま伝って歩いていけば部屋に戻れるだろう。
ゼノが私の肩を離してくれればの話だが。
「名前、君に残された二択は、このまま一人歩いてまた行き倒れるか目の前の僕の部屋で仮眠を取るかだよ。まさか君ほどの才媛が正解を導き出せないはずもあるまい」
口を開けば科学科学のゼノ先生にも、さすがに目の前で倒れそうな女を放っておくという選択肢はないらしい。
こんな夜更けにうっかりゼノの部屋に転がり込むことになりましただなんて、スタンリーにどやされてしまいそうだ。
「ゼノ、私寝転がれるなら床でも牛舎でも大丈夫だから」
「……一体君は僕をなんだと思ってるんだい?」
2020.10.18
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